泣きっ面 5.12c R

天気予報をみると土曜日の昼過ぎから日曜日にかけて雨予報だった。それでも僕の中にある渇望は抑えることができずにいつものように金曜日の夜に家をたった。

泣きっ面と出会ったのは偶然だ。8月中旬にスコーミッシュから帰ってきてからいまいちクライミング、特にリードへのモチベーションが上がらなかった。週末ごとにやってくる雨雲のせいもあるだろう。春先から痛みが続いている左のゴルフ肘の影響もあるだろう。それらに生来の陰キャも加わって誰かに声をかけるがおっくうになっていた。それでも数年来つづけた習慣というのはなかなか変わらないもので週末ごとに岩場へと足を運んでいた。フィジカル強化のためと自身に理由をつけてボルダリングをまったりとやっていた。これはこれで面白いのだが、やはりルートのクライミングとは達成感が違う。というよりもボルダリングだと思った以上に登れなくてむしろフラストレーションはたまる一方だ。

一瞬だけモチベーションが上がりかけたのが雨の日にやれることがなさ過ぎてNDDを触った時で、その時は翌週もコロッセオに足を運んだ。でも3年前に触った時の最高高度をこえることができなくて燃えきることができなかった。

そんな中でも10月の三連休はさすがに何かをやろうという思いがあり同じグレード帯のトラッド仲間の2人に声をかけると残念ながらどちらも予定が入っているようだった。どうしたものかといつものようにXを眺めていると、時折遊んでくれる人が「末端壁」とつぶやいていた。少し悩んだのちに彼のモチベーションに便乗させてもらうことにした。

末端壁はそれなりに登っている。さて何をしたものかと自問自答していると、いつからか心の片隅にいた「泣きっ面」が湧き上がってきた。とはいえ”R”のつくルートだ。そう簡単には取り付けない。それでもトップロープぐらいやってもばちは当たらないだろうという思いで当日を迎えた。

10/11

この日も雨だった。天気の悪い中駐車場を出発し、岩場についた瞬間にサーっと振り出した。雨雲レーダーを眺めているとしばらくすると雨脚は弱まりそうだったので準備を始めることにした。岩の状態は思いのほかよかった。アストロドームをトライ中のUからトライをはじめ、次は春うらら1P目を初トライのT。長引きそうだったので貸し切りの末端壁をリードロープソロで調和の幻想1&2P目を登りトップロープをセット、、、しようかと思ったがロープの位置が微妙だったのでT&Tにかける形になってしまった。Tのトライが終わった後にT&Tをトップロープで登り泣きっ面にかけなおし、Uがレスト中だったので、少し間をあけて泣きっ面をトライさせてもらうことに。

触ってみると5.12cを感じる厳しさはなく、初見でおぼろげながらムーブができてしまった。しかし、前情報通りプロテクションはいまいちで、壊れそうなフレークやおさまりの悪いポケットにカムを入れて登るようだった。おまけに終了点直下は関係者でトップロープをしているとロープがごりごりいって怖い。そのあとにもう1トライしてこの日は終了。翌日も末端壁の予定だったのでロープは残したまま下山。

10/12

感触が良ければリードトライをしようと思って意気揚々とアプローチしたが結局この日はトップロープで3トライしたのみ。2トライ目は疑似リードでトライしたが核心のところで力尽きてフォール。もともとカンテを巻いたクラックをふんだんに使う予定だったが、加工するときにフェイスを直上するムーブを試したら手数も減るし強度も高くなくて結局こっちを採用。3トライ目でリードも考えたけど、さすがにこのムーブでのリハーサルもしたくトップロープで。終了点直下のロープのこすれ具合が半端なく外皮がむけてしまったので恐る恐る。2トライ目で終了点直下のロープのこすれ具合が半端なく外皮がむけてしまったので恐る恐る。さすがに外皮がむけたところはあまして結んだ。

感触としてはいけなくもないなーというものだった。それでもこの日の自分にはとてもRPするイメージがわかなかった。まさに心技体及ばずってかんじ。心も技も体も少しずつ足りなくて自分に絶望しまさに泣きっ面だった。

翌13日も休みだったけどまったりとボルダーをして帰宅した。

10/14

愛知に帰宅してからどうにも泣きっ面のことが頭から離れなかった。ムーブもできていてもう少しで登れそうなのに登れないルート。そんなの気にならない方がどうかしているかもしれない。でも”R”の付くようなルート、本当に俺に登れるのか?そんな葛藤もありつつも、ええいままよ、という思いでアストロドームが宿題になったUに連絡してよく翌週に末端壁の約束を取り付けた。

10/23らへん

10日間でイメージトレーニングを繰り返した。体の負荷は薄れていくものの、保持感や体の動きは比較的鮮明に覚えている。ただこれで本当に登れるのか、パンプに襲われてフォールすのではないのか、唯一つなげてトライしていない部分はつながるのか、など不安は尽きない。最初の方は”R”に対して恐怖心が芽生えたが、これに対してはリスクアセスメントをしてみると案外客観的に評価できるリスクは大きくないことがわかった。この効果もあって不安は比較的少なくトライの日にちを待っていたが、やはり直前になると不安は強くなる。その中で一番大きい不安は「登れなかったらどうしよう」というしょうもないものであったりもした。

そんなこんなで日にちが近づいてくるが、どうやら天気の方はすぐれないようだ。土曜日の午後からは雨が降り出しそうな予報で、実質的にトライできる日は1日になりそう予感がした。

10/25

そうして迎える当日。いつものように前の夜は韮崎まででてきたが、朝起きると雨が降っている。。。弱い気持ちになりながらも駐車場まで車を走らせる。駐車場もガスガスで霧雨が降っている。前日も登っている知り合いにあったが足早に帰路についていった。これはダメかもな、と思ったが、末端壁は雨に強い、と自分を慰める。行きたい気持ちもありつつ、どうせだめだろうなと踏ん切りがつかない中、優柔不断な僕はパートナーのUに判断を投げると、とりあえず行ってみるかという方針となった。

通いなれた末端壁への道、当然のことながらうっそうとしている。途中の木の幹がそれほど濡れていなかったり、風の抜ける沢筋がそれほど濡れていなかったりなど少しでもポジティブな要素を見出しては自分に言い聞かせるように声に出しながら歩みを進める。そうしていよいよ末端壁につくとなんと先行パーティが春うらら1P目に取り付いているではないか!?アストロドームも当然のことながら、夏はいつでも濡れているT&Tの下部もしっとりはしているが濡れていない!?末端壁おそるべし、、、。一気に心が晴れたかと思いきや、トライしないといけないという憂うつさも一気に姿を現し複雑な気分。

T&T 1‐2P目

トライする当日まで悩んでいたことが2つある。一つは終了点を整備するかということ、もう一つはリハーサルをするかということがある。

終了点に関してはおそらく大丈夫だとは思われるが立ち木にまかれたロープがだいぶ古かったので整理する方向でロープの切れ端を用意していた。事前の想定ではアップがてらT&Tを登って終了点の整備だけを行うつもりだった。ただT&Tの2P目に関しては以前にカムがスタックしたこともありルート自体は面白いが少し苦労するイメージを持っていた。ましてや雨でぬれている可能性もあるのでなるべくならトライしたくなかったが、むしろこの雨で泣きっ面の状態を確認せずにトライするわけにもいかず予定通り最初にT&Tを登ることにした。

取り付いてみるとT&Tは出だしだけしっとりしているもののあとは問題なかった。1P目を登っていると思った以上に体が軽くそのまま泣きっ面に行ってしまうかとも思ったがさすがにそこはやりすぎだと自重して予定通り2P目を登る。ワイドは窮屈さはあるが登っているとグレード通りでそこまで苦労しない。いったんロワーダウンしてもらう。2P目のギアと1P目の終了点に残置しておいた終了点用の捨て縄を回収しトップロープで登り返し終了点を構築する。

2つ目の考慮事項のリハーサルに関しては結構悩んだ。リハーサルをすることでムーブの確認はできるが、落ちるとしたらパンプ落ちの可能性がそれなりにあるこのルートではなるべく消耗は避けた方がいいのではないかという思いもあった。だが霧雨の中だったのでコンディションの確認がてら核心のムーブだけは確認することにした。

T&Tを登り返したのちに今度は泣きっ面側に降ろしてもらい前回つなげていなかった核心のムーブを確認。ムーブ自体は問題なさそうだし強度もそこまで高くなさそうだ。最後にポケットにセットするカムのおさまりだけ確認して地上まで降りることにした。さていよいよ次はリードトライだ。

アストロドームのビレイ

自身のトライが終わったので次はパートナーのビレイをする。前回ワンテンまで詰めていたUはフレッシュだったのか下部は危なげなくこなし上部も慎重に登っていき1トライ目でRPしてくれた。自分もこの流れに便乗できたらいいなあ。

そしていよいよ本命の泣きっ面

いざ自分のトライが近づくと緊張のためえづいてしまう。プログレッションの時や神の時代の時にもおんなじ感じだった。手足は血が通っていない感じがして関節がうまいこと曲がらない。何とか深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。Uとプロテクションのポイントや落ちポイント、ルートのリスクを共有していよいよその時がきた。

T&Tのとりつきまでのアプローチは簡単だが少し濡れている。体に血を巡らせるべく大きな動きで丁寧に登る。テラスになってカムをセットしてから少し時間をとって呼吸を整える。ビレイヤーの準備ができたタイミングで離陸をする。何回も何回も登っているT&Tだがなんか手順が違う気がする。それでもこのグレードなので丁寧に登れば問題ない。ダイクに立ち上がりカムを固め取り。呼吸を整えつつ泣きっ面の方に目をやりムーブを思い描く。手足関節が曲がらない感じもだいぶおさまってきた。いつまでいてもしょうがないのである程度呼吸がととのったら覚悟を決めて左のフレークに手を伸ばす。

ガバフレークをとり左に移る。ヒールをかけて安定した体勢でフレークの隙間に#0.3と#0.3/0.4をセットする。個々のカムはおさまりはいいがフレーク自体がいつ壊れてもおかしくないような感じであまり信じていない。でも大丈夫。T&Tの最後にきめたプロテクションを眺めながらここで落ちてもそんなに落ちないと自分に言い聞かせる。次のカムは少し体をあげて上からセットする。カムをセットしたら一度レスト体勢に入ってからテスティングをする。大丈夫だきまっている。ロープをクリップして入念にレストしながら次のレストポイントまでのホールド・スタンスを確認する。

意を決したらハイステップで体をぐいと引き上げ価値を持つ。足上げ時のロープとの位置関係を冷静に対処。ワンフィンガーポケット、右足あげとムーブを連ね声を出してガバをとる。マッチして左右の手を交互にレストしながら#3をセットする。前回TRで登った時よりもおさまりのいい位置を見つけ少しだけ安心できたが、ふと下をみると一つ下のカムが真横を向いていて片歯で今にも外れそうだった。

ここからルートの核心が始まる。次にセットするカムは信頼できるがここまではどれも不安が残る。これ以上進んで、落ちた時に万が一カムが抜けると怪我のリスクがある。やめるなら今だ。今なら安全に帰ることができる。自然とそんな気持ちもわいてくる。一方で先のムーブをイメージすると落ちる気はしない。レストでちょっとずつ回復もできている。登るって決めただろう。そう自分を奮い立たせ、自分の積み上げてきたものを信じてコンフォートゾーンから一歩出る。もう止まれない。

何回もイメージしたムーブ、先ほど確認したホールドを自分でもうるさいなと思うくらい声を出しながらつないでいく。アンダーフレークをとった時に少し甘いかなとも思ったが気合で体をあげ核心を突破。最後のフレークにたどり着いた時には腕はパンパン、呼吸も上がり切っていた。フレークにカムをセットするときに延長ヌンチャクのカラビナが回ってしまいてこずったけど慎重に丁寧にレストを入れながらクリップ。最後のワンムーブをこなしニーバーがきまるとようやく一息付けた。ここまで来たら落ちるわけにはいかないと側壁を登りテラスに立ち上がりきりセルフととってから絶叫。何たる爽快感。

実は最後のパートについては自分としては少し引っかかるものがある。杉野さんの初登の記録を見るとフレークからフェイスを直上しているように思えてならない。”抜け口は掃除不十分のうえ岩も風化しているので要注意。ここで落ちると下のフレークがエキスパンドして外れるんじゃないかと思い恐ろしかった。”とあるが自身のラインでは最後フレークの後にカムをきめられるし、グレードとしても5.12cもRもオーバーな気がする。5.12a PDくらいが妥当だろう。とはいえ、既登者の記録などを見るとどうみても左のクラックに抜けていそうだし、このラインも弱点を突くという意味では全然自然だ。さらに下降の時に直上フェイスを眺めたがホールドらしきものはあまりなく「登れるの?」と思わせる代物だった。たぶん杉野さんも最後まで直上したのではなくどこかで左に来たんだろうなーとか思うけど確認するすべはもはやない。初登者の意に反するとうはんだったかもしれないなどとモヤモヤが残るが、とりあえずはこのフェイスを弱点を突いて登れたのはとても喜ばしい。そして心技体及ばぬと思ったところからたった2週間ではあるが調整をしてこの成果が得られたのが一つの自信になった。すこしだけだけどモチベーションを取り戻せた気がする。

おわり

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