あるルートにトライすることをやめた。
月並みな表現だがどんなルートも諦めなければ登れる可能性はゼロにはならない。でも諦めた。
きっと世の中にはめぐり合わせがあってはじめて触れるルートもあると思う。少なくともこのルートはそういうルートだ。その機会を自ら放棄した。
悔しくて不甲斐なくて申し訳なくて涙がでてきた。
またいつか触れる日が来ることを切に願う。
本文
やめた理由はそのルートが恐ろしいからだ。
ムーブができないとか、ストレニュアスだからとか、プロテクションが難しいとか、そういうのではなく恐ろしかった。
ムーブはたしかに難しいが、おそらく自分が今まで経験してきたことを総動員させれば解決しないものではないと思う。だがこのルートではムーブを試すということができない。
マイクロナッツなどでプロテクションの怖いルートはたくさんある。それなりに怖いルートは登ってきた。でもこのルートはそれと比べるとはるかにプロテクションはいい。丁寧にセットすれば外れることはないだろう。
怖いのではなく恐ろしいのだ。
感覚としてはノーズに行った時の1日目に似ている。壁に圧倒され飲まれる感じだ。敗退できないラインを越えてしまった冬壁にもにているところがある。ビッグウォールに似ている感覚だとすれば、その環境に長時間身を置くとこで慣れてくる可能性はある。だがビッグウォールは敗退が容易ではないないのに対して、このルートはあくまでもフリークライミングのルートなのだ。いくらでも向き合わないことはできる。壁に順応する可能性を信じきれず、慣れるその前に僕は逃げ出したのだ。
パートナーには本当に申し訳ない。翌週も同じエリアに行く予定としていたが、クソつまらん言い訳を並べてリスケにした。その姿はどれだけ情けなかっただろうか。ちがう俺はパートナーに言い訳をしていたのではない。自分自身に言い訳をしていたのだ。
自分はもっとクライミングが好きで情熱を持っていると思っていた。でもそうではなかったようだ。
これまでコツコツと積み上げてきた何かが一気に崩れ去ってしまったような感覚だ。このルートへのトライをやめてしまうことは、単に1つのルートを諦めるという話ではなく、今後の自身のクライミングライフが大きく変わってしまうような大ごとのような気がしてならない。
難しくて登れないのであれば強くなってまた挑戦すればいい。でも違う。心が折られてしまったのだ。
どんなルートも触り続けている以上は完登できる可能性はゼロにはならない。触るのをやめた瞬間にその可能性は永遠に失われる。もちろん先のことなんてわからないので、未来永劫このルートを触らないかはわからない。でもうっすらとそんな気がしている。きっと世の中にはめぐり合わせがあってはじめて触れるルートもある。その巡り合せがまた来る保証はない。
独りよがりな考えだが、もしまたその巡り合せが来たのならば、その時は真摯に向き合おう。いつか再び触れる日が来ることを切に願う。

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