「安全」とは何か?
普段から使う「安全」という言葉にも定義がある.安全の定義は国際的に標準化されており「許容できないリスクがないこと」とのことだ.英語でいうと「freedom from unacceptable risk.」と記載する.
ではここでいう「リスク」とは?日本語で「危険」と訳される「リスク」のほかに同じように危険と訳される言葉に「ハザード」という言葉がある.この「ハザード」という言葉は常に「リスク」とセットで考えられなければいけない.
リスクとハザードは日本語ではともに危険と訳されるがその実は異なる.ハザードとは潜在的危険のことであり,有害な影響を引き起こしうる性質のことをいう.登山においては雪崩,落石,天候の変化,浮石,支点の崩壊...などたくさんある.一方でリスクとは有害なことが生じた際の影響とそれが生じうる確率の両方を考慮したもののことをいう.一般的にはハザードの大きさとハザードの起きる確率と考えても差し支えないだろう.登山におけるリスクについてわかりやすく考えると以下の4つにわけられる.
- 生じたときの影響は大きい(命にかかわる,または大けが)し,生じる可能性が高い…①高
- 生じたときの影響は大きい(命にかかわる,または大けが)が,生じる可能性は低い…②中~高
- 生じたときの影響は小さいが(軽いけが程度),生じる可能性は高い…③低~高
- 生じたときの影響は小さいし(軽いけが程度),生じる可能性も低い…④低
冒頭で述べたように安全とはこの「リスク」で許容できないものがないことをいう.ではリスクが許容できるとはどのようなことなのか.それについて考える過程はリスクアセスメント(またはリスクマネジメント)と呼ばれる.リスクアセスメントではハザードの特定,リスクの評価,リスク許容度の評価,リスク低減の検討を行う.
リスクアセスメントの最初にやることはハザードの特定である.登山におけるハザードについては先にも少し触れたが次に列挙してみる.このときにできるだけたくさんのハザードを挙げたい.
- 雪崩
- 落石
- 天候の変化(雷雨,吹雪)
- 浮石
- 支点の崩壊
- 足場の崩壊
- 足の捻挫
- 凍傷,低体温症
- 体調不良
- ギアの落下
- ロープの断裂
- 地震
- 噴火
- 道迷い
- 高山病
……etc
次にこれらのハザードについてリスクの評価を行う.リスクの評価は前述のように大きく4つに分けるとわかりやすい.もちろん影響度,発生確率をそれぞれもっと細かく分けてもよい.例えば,地震は「生じたときの影響は大きいが,生じる可能性は低い」にわけられるかもしれない.ここのリスク評価は個々の経験や知識によって多少左右される.
こうしてリスクを評価した後にそれぞれのリスクについて許容できるか,できないかを評価する.①の生じたときの影響が大きく,生じる可能性が高いものは当然リスクは高く許容できない.一方で④の生じたときの影響は小さいし,生じる可能性も低いものはリスクは低く許容しても問題ないだろう.悩ましいのが②と③だ.②と③はそれぞれに影響の大きさと可能性の高さを評価してそのリスクを許容できるかどうかを考える必要がある.えてして多くの登山中のリスクはここに該当してくるような気がする...
最後に行うことはリスク低減の検討だ.許容できるリスクしかないとき,つまり許容できないリスクがないときは「安全」と言える.一方で許容できないリスクがあるときにはそのリスクを完全に排除するか,リスクを許容できるレベルまで下げる対策をとる必要がある.
例)
ハザードの特定:
雪崩
↓
リスクの評価:
降雪後で表層雪崩は起きやすい,雪崩に巻き込まれた場合には致命的になる(リスク高)
↓
リスク許容度の評価:
雪崩のリスクは許容できない.
↓
リスクの低減の検討:
・雪崩の起きにくい尾根づたいに登る(リスク高→低)
・ザイルをつないで登る(リスク高→中?高?)
・弱層テストを行う(リスクの再評価)
これらのプロセスを実際の登山中には経験的に行っていることが多いが,しっかりと意識しながら行うことができるとより安全な登山を楽しめることだろう.
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